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東京都墨田区向島 木内敬一様 『8年間、描き続けた夢のマイホーム』

やればできる・・・!人生の教訓を含む素晴らしいマイホームの体験であったと思います。

東京都墨田区向島 木内敬一様 『8年間、描き続けた夢のマイホーム』心に鮮明に描いていた強い思い

東京の狭小住宅モデルスペース ロフト付き2階建ての都市型住宅です。
8年間、描き続けた夢のマイホーム!ドーマーのある家・・・
一つ一つ障害を乗り越えて。やれば出来る思いの果てに・・・
住宅建築も今度で3度目です。満足のお家は3度目で・・・の昔からの言葉通りでした。
私自身がプロデューサーとなることで、家族みんなが大満足の素晴らしいマイホームが実現しました。

心に鮮明に描いていた強い思い

計画は建替えです。
今までのお家は、18坪の狭小地に建った建売でしたが、強い働きかけで、思いもよらず、
隣りあわせの土地の15坪も購入できました。合わせて33坪のゆとりのスペースを確保
18坪でも3階建て二世帯住宅を建てられないことはありません。
現にこの地域にはそのような事例も少なくはありません。
しかし・・・私には、心に鮮明に描いていた強い思いがありました・・・大事なマイホームの夢を
実現したい・・・広く明るく、のびのびとした間取り、生涯安心バリアフリーの安心フロア・・・
プラス長年暖めてきた夢がありました・・・最後の課題は、この夢をどこの誰に託したら良いのか
などなど。
重要な選択肢もありました。
隣町の綾瀬には親戚の工務店もあることだし・・・向島界隈に住む親戚の多くはこちらに・・・
自分だけが別の選択ができるものなのか?
しかも、同居する息子二人は大手ゼネコン専属の基礎工事の専門家。
都内の超高層ビルを沢山手がけるほどのスぺシャリスト。半端ではない。ご一緒に住むその
息子達の賛成も絶対必要。
私としては、ここも大きな関所の一つでした。

ドーマーと出会って・・・

実は、私達の建築計画は8年前にさかのぼります。
私が長年勤めていた大学病院を退職したころです。長年の勤務からの開放感も手伝ったのでしょうか。
それは・・・退職後、たまたま手にした建築誌・・・建築家加納敬二郎氏の編集によるヨーロピアン
デザイン≪ドーマーのついた家≫特集
との出会いでした。衝撃的でした。
私の心の奥底に眠る住まいの夢の開花・目覚めの瞬間でした。求めていた理想のマイホームが、
この時、胸の奥深くにしっかりインプリンティング(刷り込み)されました。
快適安心の終の棲家として・・・そうだマイホームを建替えよう!
私達の建築計画は、この思いから始まりました。
求めていた理想のマイホーム・・・実現するまで障害は色々ありましたが、この強い思いに
よって、次々に障害を乗り越えられました。その一齣一齣が感動のドラマです。
私自身は、8年間の長いドラマのプロデューサーでもありました。
家族やこの計画に携わった多くの建築スタッフ、ご近所の皆様などの厚いご協力も大きな
力になったことは申すまでもありませんが・・・

そして、夢実現のパートナーとの出会い

8年前の出会いと思いから歳月は流れました。
やはりマイホーム作りは良きパートナー探しから・・・と言う見識を持っていました。
今から3年前、12チャンネルの《ガイアの夜明け》に放映されたアキュラホームの宮沢俊哉
社長の番組
を見る機会がありました。自分が求めていたマイホーム作りのパートナーは
これだ!と感動を覚えました。
それから2年後、忘れもしない平成16年7月3日(土)。その時がついに来ました。
朝日新聞でアキュラホーム・ネットワーク(アキュラネット)のキャンペーン全面広告を見つけたのです。
直ちに本部に連絡したところ、地元のネットワークパートナーである栄光社建設さんが紹介されました。
この1本の電話から漸くドラマの幕が上がりました。
熱心なスタッフとの出会いと綿密な打ち合わせ、建築現場の見学等々の交流を経て、自分自身の
思いと夢を実現するパートナーは誰かをしっかり見極められました。

当初反対していた主人も設計スタッフの話を通して納得しましたし、長男も栄光社建設の
基礎工事を何件も見に行き、これなら間違いない、とお墨付がでました。決定の瞬間でした。
その後、プラン、予算関係もすべて順調に進みました。
着工前の工事関係者・スタッフの顔合わせや意見交換を経て工事は開始されました。
完成お引渡しは、平成17年4月23日。それは桜の花びらが乱舞する素晴らしい春の一日
でした・・・感動のドラマはこうして完結しました。
やればできる・・・人生の教訓を含む素晴らしいマイホームの体験であったと思います。


 

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